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URL直しておきました。 ケン高倉(男性)

2008/10/16 (Thu) 07:42:29

リンクのURL変更しておきました。

ところで下の会話に口を挟んで申し訳ありませんが、あの時の模様は当時にオートスポーツにも大々的に掲載されていました。自分も数年前まで保有していましたが、すべて火事で灰にしてしまいました。

この事故が切っ掛けで30度バンクをを廃止し当時.4.3キロの変わったのですが、この時は確かローリングスタートで?シートで行われていましたが、この時のレースは?シート目から殺気だっていました。

もう昔のことなので記憶だけで申しますが、理由としてはBSと契約していたガンさん(黒沢元治)がタイヤの開発に自分の車を使用し、車を酷使して開発したのに、BSは裏切って他のチームにも供給したんので他のチームも結構良いタイムを出して自分に肉薄して来たのがガンさんにしてはとても不満だったようです。

そしてツーシート目の一コーナーのつばぜり合いで、元日産の仲間北野 元との先陣争いで北野は弾き飛ばされてセフティーゾーに突っ込むならよいが、コースを横切ったものだから後続車は行き場所も無くなった
後続車は次々に前の車に乗りあげたり弾かれたりで未曾有の大惨事になりました。

この時は富士通いしていましたのでこの惨事に直面しましたが、メインスタンドで見ていて1こーなーがすごいことになっていて、煙が立ち上ったのでこれは危ないと思いました。

あのコースは後半がだらだらと傾斜がかかっているのでメインスタンドからは見難いのですがローリングスタートでの先陣争いなので皆注目していたのですが、殆どの人は一瞬何が起きたか分からなかったと思います。

ドクター漆原ジェントルで物静かな人でした。
どうしてドクターと呼ばれるようになったか言えば
医師でもないが、沈着冷静さが何時しか彼にドクターの称号を与えたようです。

ところでこの頃のマシーンとエンジンはと言えばマーチやローラー、シェブロン上位チームはBMW・M12エンジンが主流でありました。残るはフォード系のハートのBDGだったかと思います。

この事故で残念ながらガンさんこと黒沢元治レース界から退きました。

そして当時名、東名自動車社長、鈴木誠一氏とこのレースの翌日シェブロンワークス入りのためヨーロッパに旅立たんとしていた風戸 弘選手でした。

でもガンさんには今、DVDベストモータリングで御世話になっています。  ではでは長々失礼しました。

              ?ケン?

Re: URL直しておきました。 マークン(男性)

2009/10/18 (Sun) 12:48:56

始めました、唐突ですが、この時風戸はマシンから
出て来たのでしょうか、それとも、伝説でしょうか
ご存知でした、教えて下さい

2009年F1日本GP - naoto(男性) Home

2009/10/03 (Sat) 16:43:28

F1日本GPの予選Q2中にトヨタのティモ・グロックが、最終コーナーでアンダーステアになり、240km/h以上の速さでコースアウトし、タイヤバリアに激突した。
グロックは意識はあったが、マシンから降りることができず、マーシャルに助けられ、そのままヘリコプターで病院へ向かった。
この事故でティモ・グロックは左足を怪我したと思われる。

追記 - naoto(男性) Home

2009/10/04 (Sun) 10:42:32

昨日の予選でクラッシュしたティモ・グロックは、病院で検査した結果、骨などに異常はなかったが、足に5cm程の切り傷と、背中に痛みがあるため、日本GPの決勝は欠場することとなった。

Re: 2009年F1日本GP - cabin85(男性) Home

2009/10/09 (Fri) 22:30:02

naotosさんこんばんは。

グロックの事故は残念でしたが、足のけが程度で済んでよかったとも思います。
あの程度ですんだのも、マシンの安全性の向上を実感させてくれます。
レース終盤のアルグエルスアリのクラッシュも、映像的に激しいものでしたが、無事にマシンから降りてきたときはホッとしました。

GP2の掲載面で・・・ - タケっち(?)

2009/09/01 (Tue) 17:16:37

国際F3000のワンメイク化は、1996年からなので、1995年の国際F3000 所属チームのスーパーノヴァは、ローラではなく、レイナードですよ。

Re: GP2の掲載面で・・・ - キャビン85(男性) Home

2009/09/01 (Tue) 23:47:00

タケっちさん、ご指摘ありがとうございます。

おっしゃる通り、1995年のSUPER NOVAはレイナードでチャンピオンを獲得していました。
早速修正させてただきました。
今後も何かありましたら、よろしくお願いいたします。
ありがとうございました

まさに危険と隣り合わせ - まさ(男性)

2009/05/25 (Mon) 00:10:00

こんばんは。初めて投稿します。

1989年のスーパーファイナルラウンド鈴鹿(亡き小河選手リタイア後、チャンピオン
候補のロスチーバー選手に中子選手がヘアピンで追突)を見て以来、レースファンに
なり鈴鹿サーキットを中心にレース観戦してる者です。

そのレース観戦暦で、観戦中に発生した以下の死亡事故について詳細をご存知の方
いらっしゃいますでしょうか?初めての投稿で、前に話題として出ていれば申し訳
ありません。

1.90年代 富士スピードウェイのミラージュカップのレース中1コーナーで発生。
  スピンした車の運転席に後続の車が追突、前者のドライバーが死亡。当日私は
  グランドスタンドから1コーナーへの移動中(昔の富士はグランドスタンドから
  1コーナへの長い下り道があり、降りた後の1コーナーへの通路はコースより
  低かった)に1コーナー付近でものすごい爆発音があったのを覚えてます。
  翌日の東京中日新聞に小さくですが掲載されたのも覚えてます。
2.90年代? 鈴鹿サーキットの2&4レースのバイクのサポートレース中に
  おいてデグナー出口の立体交差付近で単独コースアウトし壁に激突し死亡。
  メインのレース後に場内放送で死亡の連絡があったのを覚えてます。
  
鈴鹿サーキットにはクラブマンレースも含めて年数回観戦に行ってますが、1コーナ
の外側観客通路の内側に花束をいつも見ます。度に合掌し通ってますが、このような
死亡事故が無い様に祈ると同時に、ご冥福をお祈りいたします。

不謹慎な投稿かと思いますが、もし詳細をご存知の方教えてください。
また、詳細がわかり可能であれば同じレーシングドライバーの死ということで、
このサイトで掲載お願いいたします。

Re: まさに危険と隣り合わせ - あきら(男性)

2009/08/30 (Sun) 20:24:19

こんばんは。

鈴鹿サーキットへ長年通っている者です。

1.90年代 富士スピードウェイのミラージュカップのレース中1コーナーで発生。
スピンした車の運転席に後続の車が追突、前者のドライバーが死亡。

このとき亡くなられたは、柴田昭選手だったはずです。
息子さんは現在ジムカーナで活躍中の柴田優作選手です。
何故私が富士のアクシデントを覚えているかというと
その当時、鈴鹿(ホンダのお膝元)では珍しくミラージュカップが開催され
柴田親子の活躍を(確か1・3位)して現場で見たからです。

2.90年代? 鈴鹿サーキットの2&4レースのバイクのサポートレース中においてデグナー出口の立体交差付近で単独コースアウトし壁に激突し死亡。

すいません、こっちは分からないです。

1971年 マカオGP - john(男性)

2009/07/27 (Mon) 22:31:41

1971年のマカオGPの予選中、ロータス47に乗るデイビット・マがスタチューコーナー(現、リスボアコーナー)
入口で突然コントロールを失って海側のコンクリート壁に激突、ドライバーは即死した。

なお、この事故にもかかわらず予選は中止されることなく続けられた

1971年 マカオGP 追記 - john(男性)

2009/07/28 (Tue) 22:37:24

記入し忘れていましたが、事後が起きた日にちは11月19日です

あと、当時の雑誌を見てもドライバーの出身国が分かりませんでした

Re: 1971年 マカオGP - ヒデ(?)

2009/08/02 (Sun) 01:23:26

こんばんわ
http://www.motorsportmemorial.org/focus.php?db=ct&n=6295
このページの詳細によると
香港出身のようです

Re: 1971年 マカオGP - john(男性)

2009/08/03 (Mon) 23:08:35

ヒデさん、情報ありがとうございます!

F2での事故 - なかYA(男性)

2009/07/20 (Mon) 08:56:31

7月19日Brands Hatchで行われたFormula 2第2レースにおいて、Henry Surteesが他ドライバーの事故に巻き込まれて致命傷を負い、病院に搬送されたものの死亡したとのニュースを先ほどSPEED channelで放送していました。享年18歳。
彼の父親はかつての2輪&F1ワールドチャンピオンのJohn Surtees。
 
autosport.com(http://www.autosport.com/news/report.php/id/77088)によると、スピンしてウォールに衝突した他のマシンから飛んできたタイヤ/ホイールがHenry Surteesの頭部を直撃。メディカルクルーらにより速やかに救助されたが意識不明の状態であり、初期治療後病院へ搬送されたもののその後死亡したとのことです。
彼は昨年まで2年間イギリスのFormula Renaultに参戦。今年からFIA Formula 2にステップアップし、Brands Hatchで行われた前日18日の第1レース(シリーズ7レース目)で3位となり初の表彰台を獲得したばかりでした。
ご冥福をお祈りします。

Re: F2での事故 - パペルボン(?)

2009/07/20 (Mon) 14:22:22

事故のキャプチャー画像です
心からご冥福お祈りいたします。

Re: F2での事故 - F3000(?)

2009/07/21 (Tue) 17:59:16

ヘンリー・サーティース選手の顔写真です。

F1では死亡事故が起きないように願いたいですね。

Re: 頭部への直撃 - な(男性)

2009/07/25 (Sat) 22:48:12

フォーミュラやオープントップボディの車ではドライバーの頭部(ヘルメット)が少なからず外部に露出していますので、走行中にそこに何がしかの異物が衝突した場合、たとえヘルメットが破壊しなくてもその衝撃だけでドライバーの頭部ないし頸椎に深刻なダメージを負ってしまう可能性があります。

メディカル関係に身を置く一人として思うに、ヘルメットやコクピットにある各種のドライバー頭部保護装置は水平方向からの衝撃を緩和する働きはありますが、上下方向の衝撃(あるいは頭部への衝撃の上下方向のベクトル)はそのほぼすべての力が頭部および頸椎に伝わってしまい、その衝撃の程度によっては致命傷にもなってしまいます(例えばプロレスラーの三沢選手の事故のように)。もちろん、水平方向の強い衝撃も、たとえ各種保護装置があっても人間の頭部にとって深刻な事態を招く恐れがあります。
 
現在行われているハンガリーGPの予選Q2で起きたマッサの事故(バリチェロのマシンから脱落したらしいセンタースプリングらしい物体が直線走行中のマッサのヘルメット左側を直撃し、一瞬気を失ったのかマッサ車はそのままコースを直進しストレートエンドの先のタイヤバリアに激突)もそうですが、こういった頭部への衝突事故を確実に防ぐ有効な手段はないものかと考えてしまいます。(ホイール脱落防止装置もその保証できる範囲には限りがありますし。'小石'がぶつかったヘルムート・マルコは事故によってドライバー生命を絶たれてしまいましたが、事故の状況をみるとよく生還できたものだと思ってしまいます)

Re: F2での事故 キャビン85(男性) Home

2009/07/28 (Tue) 01:08:42

なかYAさん、パペルボンさん、F3000さん、なさん、そして高見さん、書き込みありがとうございました。
サーティース、マッサと立て続けにドライバーの頭部を物体が激突するという不幸な事故が起きてしまったことをとても残念に思います。
ヘンリー・サーティースのご冥福を祈るとともに、フェリペ・マッサの回復をお祈りいたします。

今回の一連の事故は、フォーミュラカーを始めとする、オープンコクピットタイプのマシンでは、避けきれない事故の一種だと思います。

なさんがご指摘の、ヘルムート・マルコ(1972年7月F1フランスGP)では、前走者のはね上げた小石がドライバーを直撃したものであったそうですし、アラン・ステイシー(1960年F1ベルギーGP)の場合は、走行中のステイシーの顔面に鳥が激突するという不幸な事故でした。

いくらマシンの安全性が向上しても、オープンタイプのレーシングマシンでは、ドライバーの頭部を守るものはヘルメットしかありません。
今回のマッサの事故では、最新のカーボンヘルメットであったがゆえに、マッサは命を失わずに済んだとも言われています。
一方で、ヘンリー・サーティースのように、大きな重量物が頭部に激突するという場合に、ドライバーを守り切るものはありません。

マッサの事故後に、僚友のライコネンは、
「マシンのコックピットはオープンなので、何かがぶつかってくる可能性は常にある。ドライバーに何かが当たったのはこれが初めてではないし、場合によってはドライバーはひどく怪我をしたり亡くなったりする。これはモーターレーシングのリスクの一部だ。確かに今日のフェリペはとても不運だった。無事であることを祈っている。でもこの問題を排除することはできない」
と語っています(F1通信
http://blog.livedoor.jp/markzu/archives/51541011.html
より)

今回のような事故を抜本から対策を考える場合、フォーミュラカーは、その姿を根本から変更し、コクピットのクローズド化、またはセミクローズド化という変更が必要になるのかも知れません。

今回、続けて発生してしまったアクシデント。
どのような対策が可能なのか。FIAやFOTAといった組織は、こういう時こそきちんとした研究、対策、提言を行ってほしいものです

F1ハンガリーGPでの事故 - 高見(男性)

2009/07/26 (Sun) 12:35:00

2009年F1ハンガリーGPにてブラウンGPのルーベンスバリチェロのマシンから落下したダンパーに付いていたスプリング(800g)が280km/hで走行していたフェラーリのフェリペ・マッサの頭部に直撃。ドクターヘリで病院に運ばれた。
マッサは意識があるものの脳震盪を起こし、頭蓋骨損傷と診断され、手術を行い、結果は良好である。
しかし今季の復帰は絶望的とされている。

Re: F1ハンガリーGPでの事故 - 高見(男性)

2009/07/26 (Sun) 12:40:09

写真が見つかりましたので投稿します。
少し見ないほうがいいです・・・

Re: F1ハンガリーGPでの事故 - 高見(男性)

2009/07/26 (Sun) 12:43:15

事故の瞬間の写真を見つけましたので投稿します。
ヘルメットのすぐ近くにスプリングがあります。

グッドウッドフェスティバルにおける死亡事故 - エスク(男性)

2008/04/05 (Sat) 18:10:19

 こんにちは。
お久しぶりです。

さて、昨日図書館で過去の新聞記事を調べていて、偶然死亡事故欄を見つけたので報告しておきます。

ジョン・ドーソン・ダマー(John Dawson Damer)イギリス
2000年6月24日に行われた、グッドウッドスピードフェスティバルに、1969年式ロータス63で出場。
 ヒルクライムコースを模擬走行していたが、ゴール手前で突如コントロールを乱し、オフィシャルポストへ激突し林の中へと転落。
ダマーはすぐさま、チチェスターのリチャード病院に搬送されたが、全身打撲などでその日のうちに死亡。享年59歳
 また事故の際、オフィシャルのアンドリュー・カーペンター(Andrew Carpenter)イギリスも巻き込まれ死亡し、スティーブ・タラント(Steve Tarrant)が足を負傷しています。カーペンター享年40歳

図書館所蔵の海外新聞より - エスク(男性)

2008/04/06 (Sun) 17:05:25

こんにちは。
 昨日に続き、本日も図書館でアメリカモータースポーツ誌を中心に閲覧してきました。
 何人かこちらに記載されていないドライバーが居ましたので、こちらにカキコしておきます。


?ブッチ・リンドリー(Butch Lindley)
1985年4月13日、フロリダ州ブレントンのデソト・スーパースピードウェイで行われた「ストックカーレース・オールプロシリーズ (キーン・ブラザーズ・トラッキング125)」に、シヴォレー・カマロで参戦。
 三周目にマシントラブル(ストラット・アームの破損)でスピンし、運転席側からウォールに激突した。
 リンドリーは頭部に甚大な損傷を負い、病院へ搬送された後五年間昏倒し、2000年6月に死亡。死亡時の享年42歳。

※画像は動画ファイルから編集した、事故直後のリンドリーのマシン

図書館所蔵の海外新聞より - エスク(男性)

2008/04/06 (Sun) 17:35:15

 もう一軒レース中の死亡事故記事を見つけました。

?チャド・コールマン(Chad Coleman)
1998年8月28日にアトランタ・スピードウェイで行われた「ARCAレース (Georgia Power 200)」にフォード・サンダバードで出走中、コントロールを失いウォールに45度の角度で激突。
激突時の速度は240km/h以上だったと言われ、コールマンは頭部に致命傷を負い、搬送された病院で死亡。享年30歳

図書館所蔵の海外新聞より - エスク(男性)

2008/04/07 (Mon) 02:20:27

更に一軒見つけました。

?リッキー・ノッツ(Ricky Knotts)
本名ベニー・リチャード・ノッツ(Benny Richard Knotts)
 1980年2月14日、デイトナインターナショナルスピードウェイで行われた「NASCARウィンストンカップシリーズ第二戦 (Twin 125 Qualifying Race)」にオールズモビルで参戦。
14周目に、カーナンバー39のマーキュリーを操るブラッキー・ワンジェリン(Blackie Wangerin)がノッツのマシンと接触。両者コントロールを失い猛スピードのままコース外側のウォールに右側から激突。あまりに激しい衝突によりマシンの右半分が大破し、彼は頭部に致命傷を受け即死。享年28歳。
 また事故を起こしたワンジェリンも負傷。

ご無沙汰しています - エスク(男性)

2008/11/05 (Wed) 12:36:54

 管理人様、ご無沙汰しています。

 またまた図書館で海外の新聞を漁っていると、こちらに記載されていない人が出てきましたので報告しておきます!


ブレイン・ジョンソン(Blaine johnson)
1996年8月31日 インディアナポリスドラッグスターレースウェイで行われた「NHRA Top Fuel Dragster Championship」で、無事フィニッシュラインを超えた直後にエンジンが爆発しタイヤとリアウィングが破損!
コントロールを失ったマシンは左コース側壁に激突し、跳ね返され右コース側壁にも接触した後粉砕した。
 ジョンソンはすぐにメソジスト病院に搬送されたものの、全身を強く打っており同日中に死亡した。享年34歳。


※ジョンソンは1990年?1993年に「NHRA WINSTON Alcohol Dragster」に参戦し1994年から『Travers Tool』と契約し「NHRA Top Fuel Dragster」にステップアップを果たし、今後更なる活躍が期待されていたドライバーだった。
 NHRAの総合優勝は26回を数える!!


ブレイン・ジョンソン氏のご冥福と、今後この様な死亡事故が起きないように祈ります

Re: グッドウッドフェスティバルにおける死亡事故 - キャビン85(男性) Home

2008/11/08 (Sat) 16:45:33

エスクさん こんにちは

貴重な情報ありがとうございます
また、返信が遅くなりましたことをお詫びいたします

せっかくお知らせいただいていた貴重な情報ですのに、いまだに本館に掲載していないことに、今さら、気がつきました。まことにすみません

また、近日中に本館にも掲載させていただきますのでよろしくお願いします

Blaine Johnson - なかYA(男性)

2008/12/05 (Fri) 17:37:33

エクスさん キャビン85さん こんにちは。

Blaine Johnsonの事故は当時NHK-BS(のNHRAのコーナーだったと思います)でも放送されたのを覚えております(事故の瞬間の映像はカットされていました)。事故の起きた1996年はNHRA Top Fuelで着実にポイントを獲得してChampionshipをリードする立場となり、ポイントリーダーとして迎えたレースでの事故だったと記憶しています(シーズン終了時点のポイントでは彼のランキングは5位)。Travers Toolからのスポンサーシップを受けていた彼のチームの運営には彼の家族の方々が深くかかわっており、事故の後チームは非常に深い悲しみに包まれましたが、彼の兄(だったと思います)に率いられたチームは翌年以降も活動を続け何度かチャンピオンタイトルを獲得しています。
 
その後Top Fuelでは2004年のDarrell Russellの死亡事故により悲劇が繰り返され(1971年以降では3件目)、安全対策の更なる強化が行われたと聞いております。

Re: グッドウッドフェスティバルにおける死亡事故 - 富士GC復活希望(男性)

2008/12/23 (Tue) 15:19:32

>ブッチ・リンドリー

1982年のブッシュシリーズのNASCARでは4勝していますね。

あとこのカマロはいつの年代で何型でしょうか?
調べて見てもこのような型のカマロは見つかりませんでした・・・。

Re: グッドウッドフェスティバルにおける死亡事故 - F3000(男性)

2009/01/06 (Tue) 19:14:55

1977年のブッチ・リンドリー氏の画像を見つけたのでアップしておきます。

多くのストックカーレースに参戦していたのでベテランドライバーだったと思います。

Re: グッドウッドフェスティバルにおける死亡事故 - エスク(男性)

2009/01/17 (Sat) 17:27:17

 ブレイン・ジョンソン(Blaine Johnson)氏の事故当時のマシンと、ドライバーであるジョンソン氏の画像を発見しました。


>富士GC復活希望さん

 色々と探してみましたが何処にもありませんね・・・。
海外の新聞で“CHEVROLET CAMARO”と書かれていたので、間違い無いとは思いますが・・・もう一度調べてみますね!!

Re: グッドウッドフェスティバルにおける死亡事故 - MC(男性)

2009/02/18 (Wed) 19:29:31

キャビン85さん、エスクさんその他皆様
お初にお目にかかります。MCと申します
ブッチ・リンドリーが最後にドライブしたシェビー・カマロですが

ttp://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/f6/Camaro1.jpg
ウィキペディアから引用の画像になりますが、初代から数え3代目に当たるモデルです。
この個体は1982?1992年まで生産されていたものなので、リンドリーが最後に参戦したレースの時期的にもこの型が妥当です。(唯一、グリル形状で判明しました)

この頃のNASCAR系統の車両は大抵ヘッド/テールライトをつぶしてノッペラボウ状態になってましたので、古い画像・映像ですとイマイチ車種・年式の区別が付きにくかったりしますね。

Re: グッドウッドフェスティバルにおける死亡事故 - キャビン85(男性) Home

2009/06/25 (Thu) 22:33:38

エスクさん、貴重な情報ありがとうございました。

大変遅くなってしまいましたが、いただきました情報を掲載させていただきました。

リニューアル作業もありましたが、遅くなりましたことをお詫びいたします。

今後もどうぞよろしくお願いします。

クロスノフの顔写真。 - F3000(?)

2009/06/21 (Sun) 19:49:08

かつて日本の箱レースで活躍した後CARTレースで他界した外国人ドライバーのジェフ・クロスノフの顔写真がなかったので貼っておいてください。

Re: クロスノフの顔写真。 - キャビン85(男性)

2009/06/25 (Thu) 22:29:43

F3000さん、画像ありがとうございます。

掲載させていただきます。

カルロス・パルド - ヒデ(?)

2009/06/17 (Wed) 10:25:45

6月15日 メキシコ NASCARコロナシリーズ

先頭争いをしていたカルロス・パルドは
後方から来たマシンに後ろから追突されコントロールを失いコース内側のフェンスの境目に激突し亡くなったようです。
ご冥福をお祈りします

Re: カルロス・パルド - ヒデ(?)

2009/06/17 (Wed) 10:27:11

訂正、レースが行われた日は14日でした

Re: カルロス・パルド - キャビン85(男性)

2009/06/21 (Sun) 01:31:55

ヒデさんお久しぶりです。
情報情ありがとうございます。

今年も悲しいアクシデントが発生してしまいました。

先日のINDY500でも、大きな事故はありましたが、幸いにも大事には至りませんでしたが・・・・

ご冥福をお祈りいたします。

謹んで掲載させていただきます。


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