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- naoto(男性) Home
2010/02/09 (Tue) 22:18:39
2010年2月7日に、イタリアのロードレースチームの監督をしているフランコ・バレリーニが、ナビゲーターとして同乗していたラリーカーのクラッシュによりお亡くなりになりました。
詳細はよくわかりません。
やはり毎年死亡事故が発生しますね・・・
(表示制限) - (?)
2010/01/29 (Fri) 15:21:45
この投稿は表示制限されています。
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凄い情報量 - るるる(男性)
2010/01/08 (Fri) 18:32:18
凄い情報量のサイトですね。
ありがたく読ませていただきます。
一点、ちょっと気づいたのは、1981年F1ベルギーGPアロウズ追突の事故で蛇行してレースを止めさせたのはジルのフェラーリではなくてピローニのそれです。
1971年 ブエノスアイレス1000 - 味しめじ(男性)
2009/12/03 (Thu) 01:00:45
いつも楽しく拝読しております。
初めて投稿させていただきました。
「1971年ブエノスアイレス1000」のギュンティ死亡事故ですが、どうやらクラッシュはベルトワーズが退避する前に起こっていたようです。(細かい点ですみません)
衝突の瞬間の映像がYouTubeにありましたので、ご参考までに添付しておきます。(ベルトワーズ轢かれる寸前です)
http://www.youtube.com/watch?v=WsTS15ZCZCQ
いずれにしても危険すぎる行為ですよね。
Re: 1971年 ブエノスアイレス1000 - MOZA(男性)
2009/12/22 (Tue) 07:53:39
味しめじさん、初めまして。
初めて動画を拝見させて頂きましたが、確かに
退避前の事故である事が確認できますね。
画像しか資料が無かった為、事故の瞬間状況を把握
できなかった私の誤りです。申し訳ございません。
それにしても、かなりシリアスな事故シーンであった
事が事実として見えてきます。
管理人様においては、文中の
「そしてベルトワーズが退避したその」の部分を
削除して頂ければと思います。お忙しいとは思いますが、
何卒、宜しくお願い致します。
なかなかこちらに来るというか、書き込む余裕の
無い生活を過ごしております(汗
新年においては心機一転、再びこちらにお世話になる
事と思いますので、よろしくお願いしますと共に、
事故のせめてもの減少を祈念する次第です。
URL直しておきました。 - ケン高倉(男性)
2008/10/16 (Thu) 07:42:29
リンクのURL変更しておきました。
ところで下の会話に口を挟んで申し訳ありませんが、あの時の模様は当時にオートスポーツにも大々的に掲載されていました。自分も数年前まで保有していましたが、すべて火事で灰にしてしまいました。
この事故が切っ掛けで30度バンクをを廃止し当時.4.3キロの変わったのですが、この時は確かローリングスタートでⅡシートで行われていましたが、この時のレースはⅠシート目から殺気だっていました。
もう昔のことなので記憶だけで申しますが、理由としてはBSと契約していたガンさん(黒沢元治)がタイヤの開発に自分の車を使用し、車を酷使して開発したのに、BSは裏切って他のチームにも供給したんので他のチームも結構良いタイムを出して自分に肉薄して来たのがガンさんにしてはとても不満だったようです。
そしてツーシート目の一コーナーのつばぜり合いで、元日産の仲間北野 元との先陣争いで北野は弾き飛ばされてセフティーゾーに突っ込むならよいが、コースを横切ったものだから後続車は行き場所も無くなった
後続車は次々に前の車に乗りあげたり弾かれたりで未曾有の大惨事になりました。
この時は富士通いしていましたのでこの惨事に直面しましたが、メインスタンドで見ていて1こーなーがすごいことになっていて、煙が立ち上ったのでこれは危ないと思いました。
あのコースは後半がだらだらと傾斜がかかっているのでメインスタンドからは見難いのですがローリングスタートでの先陣争いなので皆注目していたのですが、殆どの人は一瞬何が起きたか分からなかったと思います。
ドクター漆原ジェントルで物静かな人でした。
どうしてドクターと呼ばれるようになったか言えば
医師でもないが、沈着冷静さが何時しか彼にドクターの称号を与えたようです。
ところでこの頃のマシーンとエンジンはと言えばマーチやローラー、シェブロン上位チームはBMW・M12エンジンが主流でありました。残るはフォード系のハートのBDGだったかと思います。
この事故で残念ながらガンさんこと黒沢元治レース界から退きました。
そして当時名、東名自動車社長、鈴木誠一氏とこのレースの翌日シェブロンワークス入りのためヨーロッパに旅立たんとしていた風戸 弘選手でした。
でもガンさんには今、DVDベストモータリングで御世話になっています。 ではでは長々失礼しました。
~ケン~
Re: URL直しておきました。 - マークン(男性)
2009/10/18 (Sun) 12:48:56
始めました、唐突ですが、この時風戸はマシンから
出て来たのでしょうか、それとも、伝説でしょうか
ご存知でした、教えて下さい
2009年F1日本GP - naoto(男性) Home
2009/10/03 (Sat) 16:43:28
F1日本GPの予選Q2中にトヨタのティモ・グロックが、最終コーナーでアンダーステアになり、240km/h以上の速さでコースアウトし、タイヤバリアに激突した。
グロックは意識はあったが、マシンから降りることができず、マーシャルに助けられ、そのままヘリコプターで病院へ向かった。
この事故でティモ・グロックは左足を怪我したと思われる。
追記 - naoto(男性) Home
2009/10/04 (Sun) 10:42:32
昨日の予選でクラッシュしたティモ・グロックは、病院で検査した結果、骨などに異常はなかったが、足に5cm程の切り傷と、背中に痛みがあるため、日本GPの決勝は欠場することとなった。
Re: 2009年F1日本GP - cabin85(男性) Home
2009/10/09 (Fri) 22:30:02
naotosさんこんばんは。
グロックの事故は残念でしたが、足のけが程度で済んでよかったとも思います。
あの程度ですんだのも、マシンの安全性の向上を実感させてくれます。
レース終盤のアルグエルスアリのクラッシュも、映像的に激しいものでしたが、無事にマシンから降りてきたときはホッとしました。
GP2の掲載面で・・・ - タケっち(?)
2009/09/01 (Tue) 17:16:37
国際F3000のワンメイク化は、1996年からなので、1995年の国際F3000 所属チームのスーパーノヴァは、ローラではなく、レイナードですよ。
Re: GP2の掲載面で・・・ - キャビン85(男性) Home
2009/09/01 (Tue) 23:47:00
タケっちさん、ご指摘ありがとうございます。
おっしゃる通り、1995年のSUPER NOVAはレイナードでチャンピオンを獲得していました。
早速修正させてただきました。
今後も何かありましたら、よろしくお願いいたします。
ありがとうございました
まさに危険と隣り合わせ - まさ(男性)
2009/05/25 (Mon) 00:10:00
こんばんは。初めて投稿します。
1989年のスーパーファイナルラウンド鈴鹿(亡き小河選手リタイア後、チャンピオン
候補のロスチーバー選手に中子選手がヘアピンで追突)を見て以来、レースファンに
なり鈴鹿サーキットを中心にレース観戦してる者です。
そのレース観戦暦で、観戦中に発生した以下の死亡事故について詳細をご存知の方
いらっしゃいますでしょうか?初めての投稿で、前に話題として出ていれば申し訳
ありません。
1.90年代 富士スピードウェイのミラージュカップのレース中1コーナーで発生。
スピンした車の運転席に後続の車が追突、前者のドライバーが死亡。当日私は
グランドスタンドから1コーナーへの移動中(昔の富士はグランドスタンドから
1コーナへの長い下り道があり、降りた後の1コーナーへの通路はコースより
低かった)に1コーナー付近でものすごい爆発音があったのを覚えてます。
翌日の東京中日新聞に小さくですが掲載されたのも覚えてます。
2.90年代? 鈴鹿サーキットの2&4レースのバイクのサポートレース中に
おいてデグナー出口の立体交差付近で単独コースアウトし壁に激突し死亡。
メインのレース後に場内放送で死亡の連絡があったのを覚えてます。
鈴鹿サーキットにはクラブマンレースも含めて年数回観戦に行ってますが、1コーナ
の外側観客通路の内側に花束をいつも見ます。度に合掌し通ってますが、このような
死亡事故が無い様に祈ると同時に、ご冥福をお祈りいたします。
不謹慎な投稿かと思いますが、もし詳細をご存知の方教えてください。
また、詳細がわかり可能であれば同じレーシングドライバーの死ということで、
このサイトで掲載お願いいたします。
Re: まさに危険と隣り合わせ - あきら(男性)
2009/08/30 (Sun) 20:24:19
こんばんは。
鈴鹿サーキットへ長年通っている者です。
1.90年代 富士スピードウェイのミラージュカップのレース中1コーナーで発生。
スピンした車の運転席に後続の車が追突、前者のドライバーが死亡。
↑
このとき亡くなられたは、柴田昭選手だったはずです。
息子さんは現在ジムカーナで活躍中の柴田優作選手です。
何故私が富士のアクシデントを覚えているかというと
その当時、鈴鹿(ホンダのお膝元)では珍しくミラージュカップが開催され
柴田親子の活躍を(確か1・3位)して現場で見たからです。
2.90年代? 鈴鹿サーキットの2&4レースのバイクのサポートレース中においてデグナー出口の立体交差付近で単独コースアウトし壁に激突し死亡。
↑
すいません、こっちは分からないです。
1971年 マカオGP - john(男性)
2009/07/27 (Mon) 22:31:41
1971年のマカオGPの予選中、ロータス47に乗るデイビット・マがスタチューコーナー(現、リスボアコーナー)
入口で突然コントロールを失って海側のコンクリート壁に激突、ドライバーは即死した。
なお、この事故にもかかわらず予選は中止されることなく続けられた
1971年 マカオGP 追記 - john(男性)
2009/07/28 (Tue) 22:37:24
記入し忘れていましたが、事後が起きた日にちは11月19日です
あと、当時の雑誌を見てもドライバーの出身国が分かりませんでした
Re: 1971年 マカオGP - ヒデ(?)
2009/08/02 (Sun) 01:23:26
こんばんわ
http://www.motorsportmemorial.org/focus.php?db=ct&n=6295
このページの詳細によると
香港出身のようです
Re: 1971年 マカオGP - john(男性)
2009/08/03 (Mon) 23:08:35
ヒデさん、情報ありがとうございます!
F2での事故 - なかYA(男性)
2009/07/20 (Mon) 08:56:31
7月19日Brands Hatchで行われたFormula 2第2レースにおいて、Henry Surteesが他ドライバーの事故に巻き込まれて致命傷を負い、病院に搬送されたものの死亡したとのニュースを先ほどSPEED channelで放送していました。享年18歳。
彼の父親はかつての2輪&F1ワールドチャンピオンのJohn Surtees。
autosport.com(http://www.autosport.com/news/report.php/id/77088)によると、スピンしてウォールに衝突した他のマシンから飛んできたタイヤ/ホイールがHenry Surteesの頭部を直撃。メディカルクルーらにより速やかに救助されたが意識不明の状態であり、初期治療後病院へ搬送されたもののその後死亡したとのことです。
彼は昨年まで2年間イギリスのFormula Renaultに参戦。今年からFIA Formula 2にステップアップし、Brands Hatchで行われた前日18日の第1レース(シリーズ7レース目)で3位となり初の表彰台を獲得したばかりでした。
ご冥福をお祈りします。
Re: 頭部への直撃 - な(男性)
2009/07/25 (Sat) 22:48:12
フォーミュラやオープントップボディの車ではドライバーの頭部(ヘルメット)が少なからず外部に露出していますので、走行中にそこに何がしかの異物が衝突した場合、たとえヘルメットが破壊しなくてもその衝撃だけでドライバーの頭部ないし頸椎に深刻なダメージを負ってしまう可能性があります。
メディカル関係に身を置く一人として思うに、ヘルメットやコクピットにある各種のドライバー頭部保護装置は水平方向からの衝撃を緩和する働きはありますが、上下方向の衝撃(あるいは頭部への衝撃の上下方向のベクトル)はそのほぼすべての力が頭部および頸椎に伝わってしまい、その衝撃の程度によっては致命傷にもなってしまいます(例えばプロレスラーの三沢選手の事故のように)。もちろん、水平方向の強い衝撃も、たとえ各種保護装置があっても人間の頭部にとって深刻な事態を招く恐れがあります。
現在行われているハンガリーGPの予選Q2で起きたマッサの事故(バリチェロのマシンから脱落したらしいセンタースプリングらしい物体が直線走行中のマッサのヘルメット左側を直撃し、一瞬気を失ったのかマッサ車はそのままコースを直進しストレートエンドの先のタイヤバリアに激突)もそうですが、こういった頭部への衝突事故を確実に防ぐ有効な手段はないものかと考えてしまいます。(ホイール脱落防止装置もその保証できる範囲には限りがありますし。'小石'がぶつかったヘルムート・マルコは事故によってドライバー生命を絶たれてしまいましたが、事故の状況をみるとよく生還できたものだと思ってしまいます)
2009/07/28 (Tue) 01:08:42
なかYAさん、パペルボンさん、F3000さん、なさん、そして高見さん、書き込みありがとうございました。
サーティース、マッサと立て続けにドライバーの頭部を物体が激突するという不幸な事故が起きてしまったことをとても残念に思います。
ヘンリー・サーティースのご冥福を祈るとともに、フェリペ・マッサの回復をお祈りいたします。
今回の一連の事故は、フォーミュラカーを始めとする、オープンコクピットタイプのマシンでは、避けきれない事故の一種だと思います。
なさんがご指摘の、ヘルムート・マルコ(1972年7月F1フランスGP)では、前走者のはね上げた小石がドライバーを直撃したものであったそうですし、アラン・ステイシー(1960年F1ベルギーGP)の場合は、走行中のステイシーの顔面に鳥が激突するという不幸な事故でした。
いくらマシンの安全性が向上しても、オープンタイプのレーシングマシンでは、ドライバーの頭部を守るものはヘルメットしかありません。
今回のマッサの事故では、最新のカーボンヘルメットであったがゆえに、マッサは命を失わずに済んだとも言われています。
一方で、ヘンリー・サーティースのように、大きな重量物が頭部に激突するという場合に、ドライバーを守り切るものはありません。
マッサの事故後に、僚友のライコネンは、
「マシンのコックピットはオープンなので、何かがぶつかってくる可能性は常にある。ドライバーに何かが当たったのはこれが初めてではないし、場合によってはドライバーはひどく怪我をしたり亡くなったりする。これはモーターレーシングのリスクの一部だ。確かに今日のフェリペはとても不運だった。無事であることを祈っている。でもこの問題を排除することはできない」
と語っています(F1通信
http://blog.livedoor.jp/markzu/archives/51541011.html
より)
今回のような事故を抜本から対策を考える場合、フォーミュラカーは、その姿を根本から変更し、コクピットのクローズド化、またはセミクローズド化という変更が必要になるのかも知れません。
今回、続けて発生してしまったアクシデント。
どのような対策が可能なのか。FIAやFOTAといった組織は、こういう時こそきちんとした研究、対策、提言を行ってほしいものです